チャマテック講義シリーズ:熱と仕事(第2回)
〜熱の理解なくして、もの作りは成り立たない〜

はじめに
熱力学も伝熱も難しく考えてはいけない。 周りを見渡せば、最も我々の生活に密着していて親しみのある技術であることが納得できるはずだ。 どんな精密機械も機器システムも、熱の影響を避けて通るわけにはいかない。 民間企業で開発業務を主務とする技術者であっても、熱というと「寒気がする。解りにくい。結果と予測が合致しないことがふつうなので扱いにくい」と思っている人が多いように思う。 しかし、熱計算とその測定結果が中々理論と合致しないのは、熱損失という環境に影響されやすい要素が大きいからである。 我々の身の周りにある給湯器や冷蔵庫、自動販売機等々、非常に身近にあるものはすべて熱に深く関係しているのであるから、技術者として、熱に親しんでもらうために、熱のエネルギー利用というもっとも我々が日常生活で関係している所を中心に説明するので、我々が日常体感している事柄をきっかけにして考えよう。

2.熱利用と人類の生活
人類の歴史を生活という観点でみると、人間の生活と熱利用の関係は切り離して考えられない。 人類は古くから熱を利用してきた。火で温めて物を食し、防寒着を試しては寒さをしのいできた。蒸発熱を使って、涼む知恵も体得している。
熱を動力に利用できることを端的に示した例が蒸気機関である。 18世紀末から19世紀の産業革命の時期にワットの蒸気機関が登場している。 今は21世紀だから、2世紀以上前のことである。しかし、現在でも親しまれている動力機関だ。
これは、水を加熱して蒸気を得、蒸気でピストンを動かし、回転力を得るという機関車に繋がったシステムである。 もちろん、重量物を持ちあげるのにも使用された。この動力利用が熱利用の始まりである。 この熱利用で、人間に代わる機械の利用が始まったといっても過言ではない。
それでは、熱から得られる動力の話に入るが、その前に、熱を動力に利用する熱力学のルールを説明する。 ルールというのは科学・技術の発展のためになくてはならないものである。 一人の人間がいくら素晴らしいものを作っても、その人の寿命が来れば終わるような理論は発展しない。 何人もの科学者がその発明の価値を共有することで、科学が発展し、技術者が実社会に直結させることで、技術が発展していく。 そのためのルールだ。
熱力学でいう共通のルールとは基本状態量の定義である。 つまり温度、圧力、容積である。 これらの三要素の変化を捉えればよい。
私が親しみやすい科学技術分野であるという理由は、三要素の理解で、熱光学はほとんど事足りるといえるからである。 特に、絶対温度、絶対圧力の定義。温度(T)、圧力(P)、容積(V)という状態量である。 従って、三要素だから、これら3つのうち2つ判れば、他の一つも決定することができる。 熱力学では、PV=RTの関係であり、伝熱工学では、知りたい物性がこれらで決まるということである。
Rは物質ごとの決まる定数。これで熱力学という分野では必要な計算ができる。

2-1.設計で使う基本量
熱力学が分かりにくいという人は、この授業で教科書を開くと、いきなり内部エネルギーとか、エンタルピとか、エントロピの証明式のような記述にぶつかるからだろうと思う。 用語からして「なにそれ?」で、その時点から興味をなくす。
実際の設計では、状態量の決定をする際、ずいぶんと大雑把に状態を把握する。 たとえば、ある物体の代表温度や代表圧力というような概念で、温度や圧力を決める。 微細な領域の温度や圧力分布を知る必要がある場合に分子や量子の理論を持ち出す必要があるが、産業機器でその性能を保証するというような熱交換器などは、マクロで温度や圧力を捉える。 こうして基本構造を決定してから、熱交換機の内部構造物の変形や寿命を評価するため、細かい解析を行う。
熱工学の基本量は、温度、圧力、そして容積である。

2-2.熱力学第一法則
石油や原子核原料をエネルギー資源として、そこに置いて、エネルギーが保存されるといっても仕方ない。 エネルギーを使えるレベルのものにしなければ意味がないし、役に立たない。 このように目的に応じてエネルギーの形態を変化させていっても、全体としてのエネルギーは保存されるという原則が熱力学第一法則である。 エネルギーは、利用するために熱から回転力などに変換し、その過程で熱として利用されない分もあるが、第一法則は、エネルギーはその形を変えても総和は変化しないと言っている。
エネルギーの形を変えるためには、仕事をする。 石油資源を発掘して、工場に運び、石油精製プラントで、蒸留して燃料にする。 燃える燃料として、これを燃やして初めて役に立つ。燃やすといことで初めて熱が得られる。 その燃焼による高熱を利用すると蒸気がえれれ、タービンを回し、発電できるのである。 何もしなくても動き続ける機関(第一種永久機関)というものは無い。

2-3.エンタルピ
ある状態の全エネルギー量を表すためにエンタルピという量を設けている。 燃焼熱を潜熱として蓄えている飽和水のエネルギー量、飽和蒸気のエネルギー量、つまり、エネルギーの量を表す状態量として、エンタルピが定義されているのである。 エンタルピは、熱力学第一法則と関連して定義され、物質の持っている状態量としてのエネルギーの総量を表している。 技術者によって、エンタルピの説明の仕方に個性があるが、ここでは、「エンタルピとはエネルギーの量を表す状態量である」と考えればよい。